RIZIN熱視中

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総合格闘技、初の生観戦の思い出

学生時代、関東に出てきて初めて行った格闘技大会は、いろんな意味で忘れられない日になりました。

会場に向かう道すがら、ずっとそわそわしていて(笑)。電車の中で座ってるのに落ち着かなくて、雑誌で何度も対戦カードを確認して、「ほんとに今日、この選手が出るんだよね…?」ってひとりごちたりしてました。


あの頃は総合格闘技って、当時はまだ今ほど世間に浸透してなかったんですよね。

周囲の人に話しても、「え?総合ってなに?」「プロレスとは違うの?」って聞かれることが多くて。そういうのがちょっと寂しかったし、でもだからこそ、自分が好きでいる理由にちゃんと向き合ってたのかもしれません。私は子どもの頃から「いつか総合格闘技がスポーツとしてちゃんと認められるようになるといいな」と強く願っていました。

だからこそ、上京して初めて参加した大会は、ただの観戦以上の意味があったんですよね。「この目で見る」って、なんて重たい言葉なんだろうって、会場に足を踏み入れた瞬間に実感しました。あの時の空気、今でも鮮明に覚えてます。独特の湿気とざわめきと、あとスモークの匂い。ああ、これが“格闘技の空気”なんだって、鼻から胸の奥まで一気に通っていく感覚。なんかね、無意識に背筋が伸びてたんですよ。別に誰に見られてるわけでもないのに。

で、推し選手の入場曲が流れた瞬間、鳥肌がぶわーって。隣にいた知らない人と一緒になって立ち上がっちゃって、拍手して、名前を叫んで。でもそのあとがね……結果的に、その選手は負けちゃったんですよ。しかも、結構あっけない形で。正直、「え、もう終わり?」って、呆然としたくらい。悔しくて、というよりショックで、試合が終わったあともしばらく座ったまま動けませんでした。

でもね、不思議なことに、「来てよかった」って気持ちのほうが大きかったんです。

たしかに推しは負けた。でもその場に自分がいて、歓声を上げて、一緒に悔しがって、そういうのを全部含めて“生で観る格闘技”の良さなんだなって、じわじわ実感していって。それに、これを機にもっとたくさん試合を見てみようって思えたし、また次に向けての楽しみができたのも事実でした。

帰り道、ちょっと気分が落ち込みつつも、駅までの道を歩いてたとき、ふと自販機で買ったコーラを飲んだんですけど、それがびっくりするくらい美味しくて。なんていうか、炭酸が喉に刺さる感じが、「ああ、生きてるなあ」って思わせてくれたというか。会場の喧騒がまだ耳に残ってて、街の音と混ざって、夢と現実のあいだをふわふわ歩いてるような、不思議な感覚でした。

その後もいくつか大会を観に行ってるけど、やっぱり“最初の一回”って特別なんですよね。

期待、不安、現実、落胆、感動、そのすべてが混ざった一日。今思えば、あの日から自分の格闘技との付き合い方も少しずつ変わっていった気がします。単なる“好き”を超えて、もっと深く見たい、もっと理解したいっていう気持ちが芽生えたのは、あの帰り道、コーラ片手に歩きながら、ぽつんと涙が出そうになった瞬間からかもしれません。

あとね、会場の観客たちの顔が印象に残ってるんです。老若男女問わず、いろんな人がいて、でもみんな一様に集中してて、目がキラキラしてた。中には小学生くらいの子どもを連れたお父さんもいて、「ああ、こうやって次の世代にもこの熱が伝わっていくんだな」って、ちょっとほっこりしました。

それに、当時はSNSなんてなかったから、自分の気持ちを共有する場所もなかなかなくて、そういうのをノートに書き留めてたりしました。今日の試合の感想とか、印象的だった場面とか、どうしてあの技が決まったのかとか、自分なりに考察してみたり。今読み返すと赤面モノなんですけど、でもその時は必死だったんですよね。なんとかして、この感動を忘れたくないって思ってたんだと思います。

最近ではYouTubeとかで過去の試合が簡単に見れたり、選手のトレーニング風景とか会見もすぐにチェックできるけど、やっぱりあの時の「情報が少ないからこそ、想像して補う」って感覚も好きだったなって、ちょっと懐かしくなります。雑誌の写真1枚から「この表情にはどんな意味があるんだろう」って考えたり、試合直前のコメントを何度も読み返して、相手選手との心理戦を勝手に想像してみたり。

今の便利な時代ももちろんありがたいけど、あのちょっと不便な時代の熱量も、すごく濃密で大切なものだったなって。

上京してきて、知らない街で、知らない人たちに囲まれながら、自分の“好き”を確かめられたあの体験は、たぶんずっとわたしの中に残り続けると思います。

そんなわけで、あの日の帰り道に飲んだコーラの味は、今でもちょっと特別です。試合の内容は少しずつ記憶から薄れていっても、あの炭酸の刺激だけは、なぜかはっきりと覚えてるんですよね。なんでだろう、あのときの空気ごと飲み込んじゃったような気がするからかもしれません。